すべてが半端

推しが曇って飯がうまい

発達障害は静かに暮らしたい

私の人生に受験の文字が触れたことはなく、ほとんどの子供時代をゲームをして過ごしていた。宿題は出して、届いた進研ゼミを埋めて、先生好きだから勉強もして、先生と親には褒めてもらってという繰り返しを小学校の頃は行っていた。引っ越し先の学校なんて見たことない場所をどうするかなんて考えられず、適当な公立を選んだ。中学になると不登校になってすべてを失っていた。私の頭は進研ゼミだけでどうにかなるほど頭はよくなかったんだなとその時にわかった。父に「顔はいい、頭もいい、性格はちょっと」と言われ続けていたが、顔は親からのお世辞でしかないと思っている私には何一つ長所のない性格の悪い自分だという認識だけが残った。

 

そんな私が選んだ高校は不登校の人の居場所を語る学校だった。中学の学級崩壊とは違い、初期はヤンキーがクラス全体を張り詰めた空気にしていたが、ヤンキーが夜間クラスに消えた後は、一人のカースト上位がクラスを引っ掻き回すという状況になってしまい私は精神病を本格的に患った。

 

 なぜこんな話をするかと言うと、発達障害の子がいてお金がある人達は勉強をさせて落ち着いた環境の学校に行くようにしているんだよという話を聞いたからである。私もそうだったら違ったのかなとモヤモヤとした気持ちを抱える。医師の話の通り小2くらいには発達障害を診断されて勉強して中学から受験して人のいい空間に入れたらここまで対人恐怖にも陥らなかったのかな、と。だけど私が勉強なんて出来るのかはわからない。夫に相談したら「受験向けの勉強漬けなんてつまらないぞ」と返された。

 

発達障害の私には粗々しい環境には弱くて耐えられないが、安定した環境には酷くお金が掛かる。つくづく私はこの世界で生きるのに向いていないと思うのだ。金にも才能にも恵まれない発達障害に外での幸福はないのかもしれない。